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料理家の細川亜衣さんが愛する美味しいが生まれる庭

2023.05.01 / 本間裕子 白木世志一
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結婚を機に、東京から熊本へと移住し、細川家の菩提寺であった泰勝寺跡を拠点に、料理教室や展示会などを行う場「taishoji」を主宰している料理家の細川亜衣さん。四季の花々が咲く庭に囲まれた、かつては僧坊だったという広い平家を改装し、家族3人で暮らしています。

自宅の背には市民の憩いの場として愛される立田山がそびえ、その豊かな自然と溶け合うように庭が広がっています。細川さんがこの地に越してきた頃から、椿をはじめ、梅や山桜、柿や栗などの古い木々が立ち並び、根元には野草が生える、季節の移ろいを感じさせる場所でした。ただ、暮らしているうちにもっともっと好きな木を植え、花を咲かせたいという思いが芽生えていったそうです。

今では「時間が許す限り草むしりをしていたい」というほど植物に魅せられている細川さんですが、庭づくりにスイッチが入ったのは引っ越してすぐにキッチンのリフォームを行った後のこと。「食堂の大きな窓にカーテンやブラインドではなく、植物で外からの視線を遮るようにしてみようと考えました。そして、造園屋さんに相談して小さな蜜柑の木を植えてみたところ、うまく根付かず、次にオリーブを植えましたがこちらもだめでした。その後、白い木香薔薇を植えたらいい塩梅に育ってくれたんです。鉄のフェンスにシュートを絡ませたら、次第に完全なるグリーンのカーテンになりました。これが、私の中では家と植物の関係性を意識するようになった大きなきっかけになっていますね」。

その後、広間や子供部屋を改装するにあたり、それらに面した南北の庭にも手を入れることに。「石塀など作った後、設計士の方から『植栽はどうしますか?』と聞かれたのですが、ここぞとばかりに植えたい木、気になっていた木を挙げたところ、『そこまでたくさんは植えられませんよ』と笑われてしまいました。ちょうどその頃、まだ幼かった娘を連れて、家族3人で立田山内にある森林公園によく散歩に行っていたんです。木の特長が書かれた説明を読んでいたので、いつの間にか木の形や名前が頭に入っていたんですよね。自分でも知らぬ間に植物に魅せられていました」。

■混沌の中に生まれる調和を愛おしむ
本格的に庭づくりをはじめるにあたり、細川さんは、和洋問わずに好きなものを植えたいと考えました。「インテリアや器選びにも通じるのですが、いろいろな国や文化のものが混ざり合って、出自がよくわからないままに調和している感じが好きなんです。北庭には我が家のシンボルツリーである藪椿の近くにシチリアで魅せられた銀梅花や、赤い実が愛らしいクリスマスホーリーを植えてゆきました。南庭は中心にロシアンオリーブを植えました。成長が早くどんどん巨大になりますが、オリーブグリーンの葉が庭を軽やかな印象にしてくれます。南側はススキや笹などの強い草がはびこっていたのですが、丹念に根を掘り出しては、利休梅、空木、小手毬といった白い花を咲かせる中低木を植えていきました。南北どちらも木の根元にはクリスマスローズやムスカリ、そして小さな薔薇を。冬から春にかけて次々と咲く花々に癒されています。家も庭も何もない状態から作るよりも、今まであったものを生かしながら自分にとって心地よい方向に持っていく方が性に合っているようで、とても楽しかったですね」。

子供部屋の近くは、ジューンベリーやスモモなど、果樹をたくさん植えたそう。「イタリアに住んでいた頃、友人の家の庭で果物が採れるのを見て、果樹のある庭に憧れるようになりました。娘が窓から手を伸ばして実をもげるようになったらいいなと思って。娘が小さい頃はブルーベリーを摘んでは頬張っていましたね。果樹は実ると使い切れないほどできるので、そのまま食べるほか、ジャムやシロップにして楽しんでいます。娘は幼い時、北庭を『椿の庭』、南庭を『ブルーベリーの庭』と呼んで、『椿の庭で遊んでるね』と居場所を教えてくれました」。

■庭が季節の移ろいを教えてくれる
足繁く通うという産直市場と同様に、タイムリーに季節の移ろいを知らせてくれる庭も細川さんにとってはインスピレーションの源。春にはフキノトウをフリットにしたり、ノビルで韓国風の薬味しょうゆや中国の手打ち麺のたれを作ったり、秋にはムカゴでフォカッチャや炊き込みご飯を作ったりと、目の前に広がる旬を享受する日々だと言います。「土地には土地の旬があることを、熊本に来てから学びました。東京にいる頃は、トマトや西瓜の旬は真夏だと思っていましたが、熊本で一番美味しいのは、春から初夏にかけてなんですよね。それを知ってから旬を余すところなくいただくことが何より、と感じるようになりました。以前より一層素材の力を信じて料理できるようになった気がします」。

また、旅先で野の草を食べる楽しさを知って以来、庭に自生するものは果実やハーブに限らず、普段から料理に使っていると言います。「自生する草は、人間の手で育てられたものとは力強さが違い、驚くほど味が濃いんですよね。国によって野の恵みの使い方も異なることを旅を通して学びました。イタリアだったらフリットやパスタにリゾット、韓国だったらナムルやジョンなど、それぞれの国独自の生かし方があるのが面白いところ。中国南部の雲南省では驚くほど様々な草や花を食べるのですが、アクや棘もおいしさのうちなのか、そのままあえものにしたりと、ワイルドな料理にも出会いました。北部では麺や豆腐料理のアクセントに。以前なら見過ごしていた野の草を見て、ああ、これで何を作ろうか。あの国で食べたあの料理にしてみよう、と考えるのは楽しいものですね。日々、庭から季節の移ろいを感じられるということは、私の料理にも大きな影響を与えてくれています」。

■終わりがないから夢中になる
尾道「LOG」や京都「丸福樓」など、最近では宿泊施設等の食部門の監修など活躍の場を広げている細川さん。「丸福樓のレストラン『carta.』では内装とあわせて植栽も考えました。『LOG』にはもともと植っている大きな橙の木が食堂の窓から見え、『carta.』の窓からは白い花を咲かせる木々が少しずつ大きく育っています。庭の隅にはどちらも様々なハーブが植えられ、日々の料理を彩ってくれます。私の料理を食べにいらしたお客様が、食卓だけではなく窓の外からも幸福を感じていただけたら何よりですね」。

国内外の料理会や取材などで家を留守にすることが多かった細川さんですが、コロナ禍をきっかけに自宅で過ごす時間が増えたそうです。「今までは庭の花が咲くタイミングを逃してしまうことも多かったのですが、毎日庭の植物と向き合って暮らすことができて、いまとなってはとても幸せな時間だったなと思います。暇さえあれば庭仕事をして料理をしてという、外の世界と遮断されたかのような錯覚を覚えるほどにシンプルな生活を送るなかで、その二つには終わりがないということが共通しているのだと気づきました。だからこそ、一生を捧げてもいいと思えるほど夢中になれるんですよね。料理も庭仕事も死ぬまで続けられたら、それ以上に幸せなことはありません」。

そして、2023年から「taishoji」ディレクターとなり、家で過ごす時間、そして庭を歩く時間が増えたという。最近はスタッフと一緒に少しずつ畑仕事も始めています。「熊本に越して以来、私の暮らしは庭とともにありました。そして、今、改めてこれまで見過ごしていた植物の姿や季節の移ろいに気付かされ、心奪われています」。進化し続ける庭は細川さんにますますたくさんのインスピレーションを与え、これからも美味しいアイデアを運んでくれそうです。

細川亜衣プロフィール:
料理家。熊本にて自然に囲まれて暮らしながら、料理をすること、食べることと向き合う。2023年よりtaishoji ディレクターとして、毎月の”食べる会”のほか、工芸、服飾、料理、茶など様々な分野に関わる企画を行なっている。
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華道家 中村俊月 Shungetsu Nakamura
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