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ファッションデザイナーの田山淳朗さんが「火の国」熊本・阿蘇に作った壮大なる「冬の庭」

2022.08.26 / 高村学 撮影:白木世志一
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「火の国」と称される熊本県の象徴として、峨々たる山容を誇っている阿蘇山。大規模な火山活動によってできた阿蘇カルデラを有し、阿蘇五岳のうちの中岳は現在も噴煙をあげています。雨量が多い阿蘇は白川水源をはじめとする湧水が数多くあり、肥沃な土壌が植物に恵みをもたらしています。「植物にとって良い環境は、人間にとっても住みやすい場所のはずです」、そう語るのはファッションデザイナーの田山淳朗さんです。田山さんはこの「生きている山」の麓にひと回りするのにおおよそ2万歩を要する壮大な庭を10年かけて作りました。パリを拠点に仕事をしていたころから、いずれは自分の庭を持ちたいという思いがあったと言います。

「エッフェル塔が見える家に住んでいたこともありましたが、都会のど真ん中で何十年も仕事をしてきましたので、緑や植物といったものが必要だったのかもしれません。南仏のエクサン・プロヴァンスという街に、メゾン・ド・カンパーニュと呼ばれる田舎の家がありますが、そうした暮らしに憧れがありました。ただ、田舎暮らしがしたかったわけではなく、庭の手入れをしながら土や草木に手で触ることで自然を感じるような暮らしがしたかったのです」。

「冬の庭」で四季の移ろいを楽しむ

田山さんが初めてこの地を訪れたときは草が鬱蒼と生茂り、なにも整備されていない荒れた状態でした。ただ、この荒地から見えた阿蘇の高岳が、ポール・セザンヌが描き続けたエクサン・プロヴァンスのサント・ヴィクトワール山のイメージに重なって見え、この地に自分のメゾン・ド・カンパーニュを作ることを決めました。まずは手に負える広さの土地を手に入れ、芝刈り機を購入し、雑草を刈ることから始めたそうです。

「意外にもこの作業がとても楽しくて、家族で芝刈り機を奪い合うほどでした。最初のそのリアクションが良かったので、東京と海外、そして熊本を行き来しながら10年にわたって庭作りを続けることができたのかもしれません。その後土地を買い足して、さらに買い増していくうちに、いつの間にか3500坪の広さになりました」。

少しずつ広がっていった庭は、5つのテーマをもとに作られています。まず、フランスの公園をイメージしたトピアリーガーデンです。樹木を刈り込み、ベンチを設置して、ゆったり過ごせる空間です。妻と娘2人の田山さんは、4つのトピアリーで自身の家族を表現しています。その次に、森林浴をテーマにした檜の森です。その隣にあるのは、阿蘇の原風景をそのまま残した庭です。もともと植っていた紫陽花があり、この庭で養蜂も始めました。4つ目は、芝生だけの広場で、ゴルフをしたりサッカーをしたり、のんびり座ってピクニックの真似事を楽しむ庭です。5つ目は、多種多様な植物を植えてガーデニングを楽しむための庭です。

「妻はこの庭を『冬の庭』、フランス語で『ジャルダン ディヴェール』と呼んでいます。花が咲く春だけではなく、枝だけになり花も葉もない冬であっても美しい庭という意味です。この庭は季節によって表情がまったく異なります。四季の移ろいが僕たちの一番の楽しみでもあります。春は桜が咲き、若草色が濃い緑になっていくさまを、夏には丘の上にツツジが咲き、庭に吹き通る夏の爽やかな風を楽しめます。秋には黄色や赤に染まった葉の色を楽しめます。冬は枝にうっすらと雪が積もり、とても美しい眺めです。庭の向こうには阿蘇の山がつねにひかえていますから、本当に独特の借景です」。

草木や土に触れて自然の機微を五感で感じる

阿蘇でのほとんどの時間は庭仕事をして過ごすそうです。芝刈りをしたら次の日は雑草を刈り、次は剪定をして、その次はいらない木を切って。庭を眺めるのは、こうした作業が終わってからの空いた時間です。「僕は庭を手入れする時間をなによりも楽しんでいます。仮に庭を満喫する時間がなくても構いません。庭は作品のようなもので、手をかけた庭が少しずつできあがっていく工程がとても楽しいのです。時間ができたときは、この庭の一番高いところに椅子を持って登り、そこに座って家を眺めています。誰にも邪魔されない自分だけの空間と時間です。この庭にはイノシシやシカだけではなく、サルもタヌキもキツネもやってきます。サルが50匹きたこともありますが、追い払うことはしません。動物たちの美しい姿を遠くから眺める、そんな時間もこの庭で楽しんでいます」と話します。

こうして日々、庭と向き合っていると、草木や土にエネルギーやパワーの存在を感じられ、自然の機微を五感で感じることが無意識に増えていくそうです。「空の色、雲の形、風の強弱や向きなど、東京では感じられない自然がここにはあります。山を見て、空を眺め、風を感じ、そういったことがとても気持ちよく感じます。こういう空間にいると鳥のさえずりが鮮やかに聞こえてきますし、なんの花が咲いているのかが匂いで感じられるようになります。香りは人間の脳にポジティブな刺激を与えるものだとこの庭で感じました。次はミモザやジャスミン、木犀、藤といった香りのする樹木を植えてみようと思っています」。

田山さんにとって大きな庭を持つことは夢でしたが、もうひとつこの庭で叶えた夢があります。「次女が結婚した時、この庭で身内だけでガーデンウェディングを行いました。新婦はウェディングドレスを、新郎はタキシードを着て、2人の結婚を庭で祝福したのですが、それが僕の長年の夢でした。今、5歳と2歳の孫がいますが、この庭では遊び放題ですから一番恵まれていますね。羨ましいです(笑)。真夏は小さなプールを出して水遊びをしたり、虫を採ったりブルーベリーを摘んだりして楽しんでいます。蛇もいますから、孫にとっては本当に刺激的な場所だと思います」。

ガーデニングウェア「ART OF GARDEN」

「ファッションは時代に呼応しながら変化していきますが、価値観や時代の流れがウェルネスに向かっている感覚です。ファッションに関わる人たちがその魅力に気付き、それがエコやサステナブルという大きな流れになっているのではないでしょうか。デジタルやITはとても都会的ものですが、逆に都会にいなくてもいい環境を作ってくれました。その結果として、自然や緑の中に入っていく人が増えていきました。自然や植物にもっと触れる人が増えてほしいと思いますし、こうした動きはこれからも加速していくのではないでしょうか」。

「阿蘇で庭を作り始めてから13年ほどが経ちますが、僕にとってはとても良かったと思います。価値観について考えるときに、ベースになるものがもうひとつできたからです。都会と田舎、人工と自然といったように、ものごとを対比して考えるようになりました。ここは噴火口から5キロほどしか離れていませんから、阿蘇が噴火すれば火山灰も飛んできます。生活する上ではたいへんな場所ですが、自然の厳しさから学ぶこともありました。そして、根のあるものを育てることは手間で面倒なことかもしれませんが、枯らさないように考えることでそれが知恵にもなっていきました。手間や面倒なことから生まれる楽しみ、そういったものを見つけることができました」。

庭には「クリスチャン・ディオール」の名が付いたバラ品種や「シャネル」のココ・シャネルが愛した椿が植えられています。ファッションデザイナーの田山さんらしく、こうしたちょっとした遊び心が庭を楽しむための知恵なのかもしれません。「火の国」に「冬の庭」を作った田山淳朗さんが土に交わり、緑を楽しむ姿は、自然のなかに戻り地に根ざすことの大切さや意味を教えてくれています。

「ART OF GARDEN」公式サイト

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華道家 中村俊月 Shungetsu Nakamura
Shungetsu Nakamura
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