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天と地を繋ぐ人の営みを記した『宇宙樹』の竹村眞一氏が語る、宇宙と生命のこれからの共進化関係【後編】

2023.09.30 / 高村学
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文化人類学者で『宇宙樹』の著者・竹村眞一氏は、樹木は人間にとっての「宇宙的なよりしろ」だと捉えています。『宇宙樹』は、竹村眞一氏が20代のころに70カ国に及ぶ旅やフィールドワークで自ら体験したことをベースにして、植物や樹木のありよう、それと人間との関わりを宇宙的な知性の進化過程として現代的な視点で捉え直した作品です。竹村眞一氏へのインタビュー記事「天と地を繋ぐ人の営みを記した『宇宙樹』の竹村眞一氏が語る、宇宙と生命のこれからの共進化関係【前編】」から続く後編です。

■第四章:仕合せ関係

動物とも二人称的な感覚が普通になってきている、それがアニマルウェルフェアです。植物との関係もオーガニックの広がりに見てとれます。食べるものや作り手の安全性といった人間側にとどまらず、健康に育った植物や微生物の状況にも及んでいます。土壌カーボンを増やしていくことが脱炭素に繋がるとして、土壌微生物も注目されています。これもしかし、ただ単に土壌豊かな微生物の生態系は「炭素の貯留量が多い」ということではなく、その底流には生きとし生けるものが健康で息をしている土壌環境や生態系が本当の意味でサステナブルだとわかってきているのです。

ただ、昨今使われている意味での「サステナブル」という言葉は、現状をなんとか継続させたいという消極的なニュアンスがあり、自分自身は好きではありませんし、使うことはありません。両者がお互いを活かしあう関係が大切で、哲学者のイヴァン・イリイチはそれをコンヴィヴィアリティ(自立共生)という言葉を使って提唱しました。お互いに仕い合い、奉仕し合う、植物と人間の関係も、腸内細菌と私たちの関係も、そして犬や猫のペットとの関係も同様で、それがまさに仕え合い=「仕合せ」な関係なのではないでしょうか。サイエンティフックなエビデンスが増えていることと並行して、そういう感覚を持つ人が増えてきていると感じます。

この惑星で、重力に抗して垂直軸で立ち上がっているのは人間と植物だけです。そういう意味でも両者には共通点があります。人間にとって植物は精神的なパートナーであり、不可欠なセンサーですが、それは植物にとっても同様です。鳥や風が運べる距離を超えて、人間は植物を地球全体に広げてきました。あるバランスを崩さなければ植物にも貢献できる営みを人間はできるわけです。SDGsの17番目に「パートナーシップで目標を達成しよう」という項目があります。階級や肌の色、性別、ジェンダーを超えたパートナーシップが大切だとしていますが、こうしてお互いを支え合う「仕合せな関係」が本質的な関係なのだとしたら、それを人間界に閉じない次元まで広げる時です。

日本人もかつては人工的に自然を更新する形で、植物や生物との「仕合せ関係」を作ってきました。日本は急斜な地形で洪水が頻発するため、棚田を整地して「スローな水」へと水の流れを調律しました。川を付け替え分流することによって治水・保水し、使える水を増やしただけではない。水がゆっくり流れる環境では、魚や昆虫も卵を流されずに済み、繁殖しやすくなります。そうするとそれを食べる鳥や獣も増えて、他の生物も豊かになる。日本の自然は決して手付かずの自然ではなく、創造的な形で人間が関与して作ったものなのです。生物多様性が豊かな日本の自然は、人間と自然の協働・共創という意味で、まさに「工」の実践としての人工自然なのです。

■第五章:坂本龍一さんが表現しようとした「仕合せ関係」

私自身についても、森の中で樹木に包まれている時間は、自分らしくいられる感覚が昔から常にあります。樹木を通じて宇宙との繋がりを感じることは日常的で、むしろそうでない時間の方が少ない。樹木をひとつの師匠として世界の歩き方や立ち方も学んできたという面もあります。諸民族と森との関わり方もたくさん学びました。コロナ以降は、東京にいる必要がなくなり、八ヶ岳の山荘にいる時間が増えました。東京の住まいも周辺は緑に囲まれた場所です。こういう森を求めたわけではありませんが、たまたま気に入った場所の中庭が多様性に溢れた森でした。

この森は、積水ハウスが生物多様性の保全に取り組むプロジェクト「5本の樹」を行っている場所です。「5本の樹」は、「3本は鳥のため、2本は蝶のために、地域の在来樹種を」というコンセプトのもと、他の生物に貢献できるような、仕合せ関係を作れる樹種を選んで植えて、都市の生態系を豊かにしました。「5本の樹」は、実は都市も生物多様性の棲家になり得ることを示しました。都市の中においても、生物を多様化させることで人間も生きていけるという好例です。

対談集『地球を聴く 3・11後をめぐる対話』では、今年3月に亡くなられた坂本龍一さんと地球と人間、森と音楽を巡って対話しました。坂本龍一さんもまた、自然環境の保全に取り組んできた方です。音楽活動においても、樹木や天体とコミュニケーションしながら、それをセンサーで測って音楽にしていく取り組みも精力的に行ってきました。坂本龍一さんは、人間が生み出せるメロディの極限的な領域で何十年にもわたって創作活動をした結果、その外に出たいという欲求があったのではないでしょうか。坂本龍一さんには、人間界だけに閉じた発想はもったいないという感覚があったのだと思います。坂本龍一さんは、植物や動物、微生物も含めたパートナーシップ、「仕合せ関係」の中で音楽活動をやられた稀有な音楽家だったと思います。もっと先、もっと外があるはずだと音を追及していき、そういう意味では音楽の中でブッダのような実践をされようとしていたのかもしれません。そうした思想や実践に続く人が、ひとりでもふたりでも出てくることが坂本龍一さんの霊への最大の弔い、献花だと思います。

■第六章:「共進」という視点で見るべき時代

「樹木と生命」、「宇宙と人類」の共進化の関係は科学的にもさまざまな形で実証されつつあり、本当に面白い時代になってきたと感じています。おおよそ50年前に人類は初めて宇宙に出ていき、宇宙から地球を眺める視点を得ることができました。さらに、ハップル望遠鏡によって宇宙の遠い地点まで到達する眼差しを得ました。そしていま樹木と生命、宇宙と人類との共進化は新しい章に入る準備運動をしている段階、そんな感じがしています。この多様な生物の共進化、仕合わせ関係を通じてアーティスティックに組み上げられた地球を、今度は人類がどのようなクリエイティブな「仕え合い」で更新してゆくのか?――人類の営みをそういう視点で見るべき時代なのだと思います。

■竹村眞一プロフィール
1959年生まれ。東京大学大学院文化人類学博士課程修了。現在、京都芸術大学教授。生命科学や地球学を踏まえた新たな「人間学」を構想するかたわら、独自の地球環境論、情報社会論を展開。ウェブ作品「センソリウム」やデジタル地球儀「触れる地球」、地域情報システム「どこでも博物館」など、自ら実験的なメディア・プロジェクトを数多く企画制作。主な著書に『地球の目線』(PHP新書)、『22世紀のグランドデザイン』(慶應義塾大学出版会:編著)、『地球を聴く』(日本経済新聞社)、『炭素の魔法』(PHP)など。

『宇宙樹』
著者:竹村眞一
発行:慶應義塾大学出版会
価格:2,640円
購入はこちらから

https://www.keio-up.co.jp/np/isbn/9784766410037/

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華道家 中村俊月 Shungetsu Nakamura
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